四国お遍路をする際によく聞く言葉ですが、深い意味があります。
同行ということは、常に一緒に同行すると言う意味ですが、誰が同行しているのでしょうか?
初めて聞いた方は、自分一人なのに二人とは、とちょっと背筋が寒くなる感じを覚える方もいらっしゃるかもしれません。
ただ、半分冗談で半分は本当ですので、あながち間違いとも言えません。
心霊現象が苦手な方は少々イヤかも知れませんが、意味などについて解説していきましょう。
同行しているのは誰?
同行している、常に一緒にいるとされるのは弘法大師様です。
お遍路でめぐるお寺は真言宗派になりますが、宗教上人は死んで仏様になることが出来ると信じられています。
この考え方が昔からありましたが、実は弘法大師様は高野山の奥の院にこもり修行を続けています。
ピンと来ないかもしれませんが、修行の一環として、即身仏(ミイラ)になることで永遠に生きられると言う考えがありました。
この考えの下、奥の院にて今も生きており、修行をしていらっしゃると今でも考えられています。
それゆえ、歩きお遍路さんが持っている金剛杖は弘法大師様の分身と言われ、お遍路さんには必ず付き添っていると考えられています。
つまり、杖に魂が宿り、一緒にお遍路めぐりをしているというものです。
一人で歩いていても、弘法大師様と二人と言う意味で、同行二人と言われています。
因みに金剛杖は、弘法大師様であるという考えから、刃物を当てたり、折ったり、粗雑に扱うとバチが当たるとも言われます。
普通は人の足にそのようなことはしませんので、考えれば当然でしょうね。
身近に感じること
このように辛い時に一緒にいてくださると考えると、安心する方も多いのではないでしょうか。
弘法大師様が辛い時も一緒に回っていると思うことで、モチベーションを保つことが出来ます。
と安心させたところで、またちょっと寒くしますが、お遍路めぐりはお寺をめぐることになりますが、いわくつきのお寺も存在します。
いろんなサイトに載ったりしますが、一部のお寺には幽霊が出るとうわさされるところもあります。
私は霊感が強いほうではありませんが、お寺を回っていて何か落ち着かないような、変な感覚を持ったこともありました。
別に予備知識でそのお寺には出る、などという情報を持っていなかったのですが、ちょっと言葉では言い表せない感覚でした。
正直後で知って寒くなりましたが、正直何かを感じて当然だな、とも思えます。
お寺は亡くなった方を供養する、あの世に成仏してもらうための場所ですので、霊がいたとしても不思議ではないでしょう。
お遍路めぐりを単なる観光の延長だと考えていると、このような話を聞くとドキっとしますが、お寺は本来そういう場所です。
決して、お寺やお墓にいたずらをしたり、バカにしたりすることがないようにしたいものです。